懐かしくて色褪せないもの

世界が平和であればいいね

新聞配達の夜の色彩

≪哲学≫です。

 

昔……と言っても丁度一年位前……新聞配達をしていました。

夜2;30から朝5;00くらい迄、毎日配達しました。バイクの免許を持っていないので、自転車の前の籠と後ろの荷台に新聞を積んで運びます。幸い電動自転車を貸してもらえたので、少しは楽に成りましたがそれでも本質は体力勝負ですね。重い新聞を店で積んで家々に配達して、お店に戻って又積んで……と何回か往復します。

雨の日には新聞をビニールで包みます。皆は此のビニールを”ジョイナー”と呼んでいました。 何故ですかね? 未だに語源がはっきりしないです。

あとマンホールの上が最高に滑ります。山盛りに新聞を盛った自転車での走行は非常に危なっかしかった覚えがあります。

 

一番大変な日はきっと、冬で雨の日だと思います。冬の夜は手袋が必須なくらい寒いです。けれども雨が降っていると、手袋が雨滴を吸って手が冷蔵されますし、新聞を一部ずつ掴むことが困難です。だから私は、雨降りの日は手袋を脱いで素手で配達していました。本当に両指が凍えて、配達を終えて新聞社に戻ると、ようやくほっとできました。カチコチの指を室内の暖気で解します。時々、時間がある日々は、水筒にホットコーヒーを入れて持って行きました。新聞を取りに店に戻るタイミングでちょっぴりちょっぴり飲むという方法です。

美味しい!

 

■自転車の上から眺めた夜の街並みは素敵でした。オレンジ色の街灯と、残りは黒い帳が降りた静謐な風景。太陽の光線が届かない時刻。一本細い路地を曲がれば其処は真っ暗な闇です。

私はふと思いました。この真っ暗な背面で、輝いているのは何かと。

そうすると私の目に光って見えるものは、街灯や家々の門前に据えたランプが照らし出している部分でした。

其の時直感的に”色””光”と関連していることを私は理解しました。

私たちの身の回りに在る物体はきっと全て、黒色なのです。色づいて見えるのは、太陽光が物体の表面で反射して、其の太陽光が目に入るからです。私たちが物をみて「赤い」、「青い」と言うのは物本来の色ではなくて、反射した太陽光の色について判別しているのです。きっと。

 

 つまり物体に色彩はありません。あるとしたら其れは黒色です。

 

 

 

とか何とか言ってその時の感慨をつらつら書いてしまいました。

(私にとっては大発見だったのです。)

恐らく哲学ですらない話。

 

けれど、夜の風景は、時が止まったかのように静かで単色です。

落ち着きます。